信州はエネルギーシフトする~長野県の地域エネルギー政策~

 中々週一本以上という投稿目標が達成できておりませんので、今週は「エイヤッ!」という気持ちで二本投稿してみます!

 以前、長野県飯田市の太陽光発電事業に関するコラムを書きましたが、今回はそれにも少し関連して、長野県の行政の取り組みや、長野県を支える様々なアクターについて、「信州はエネルギーシフトする」(著:田中信一郎)という本を基に紹介したいと思います。コラムの内容は三分の一ほどは本の内容、残りは本の内容を踏まえた僕の考え、という配分になっています。


1.エネルギーシフトとは

 この本の筆者、田中信一郎氏は2011年に特定任期付職員として長野県に採用された方です。彼は長野県で2011年4月に新設された環境部温暖化対策課の企画幹(長野県独自の役職)に任命され「新エネルギー・省エネルギー推進」の特命を任せられました。以降、長野県は彼をキーマンとして、ドイツのエネルギーシフトを手本とし地域エネルギー政策を充実させていきます。(書籍p19~21より抜粋)


 では、そもそもドイツのエネルギーシフトとはどういうものだったのでしょうか。まずエネルギーシフトの意味とは、「エネルギー源をこれまでの化石燃料等の枯渇性資源から再生可能エネルギーへと転換させること」とされます。

 ドイツ政府は2010年にGHG(温室効果ガス)排出量について2050年までに1990年比80〜95%削減を目標に掲げており、再生可能エネルギーの電力比率についても2020年に25%、2050年までには80%という目標を設定しています。実際2015年時点で総発電量中の再エネ割合は30%(1990年は0.3%だった)であり、目標を着実に達成しながらエネルギーシフトを実行していると言えます。他方、同じ1990年~2015年の間にドイツのGDPは46%増加しており、環境と経済を両立する仕組みが整っている事が示唆されています。


 こうしたドイツでの例を手本に、日本でもエネルギーシフトに向けた動きが近年盛んな事は、ニュースでもよく取り上げられている通りです。

 日本のエネルギー政策の転換点は、一般的に東日本大地震と福島原発事故と言われています。未曽有の大災害によって、これまでの大規模集中型電源と、それに伴う電力システムの問題点が浮き彫りとなりました(これは2018年の北海道胆振東部地震の後にも言われたことです)。政府も再エネの主力電源化を目標に掲げるようになっており、電力自由化や電力システム改革も徐々に進みつつあります。FIT(固定価格買取制度)によって太陽光パネルを中心に再エネが普及し、発電コストもある程度下がるなど成果も見られます。

 しかし、結局のところ日本のエネルギー政策と言うと、第一に多くの人が思い浮かべるのが原子力発電所の問題ではないでしょうか。世の中の議論もまず原発をどうするか、というところから始まってしまいがちな気もします。実際に今回の参議院選挙でも、エネルギー政策はほとんど議論になりませんでした。再エネやそれに伴った「エネルギーのあり方を通した社会システム変革に関する議論は低調」(書籍p18)なのが現実なのです。

 

2.長野県環境エネルギー戦略

 そうした中で、長野県はかなり前のめりになって地域エネルギー政策に取り組んでいる自治体の一つと言われています。環境省によると、地域エネルギー政策とは「地方自治体が民間事業・NPO等と連携しながら、政策目的をもって地域の資源を活用して地域の需要家にエネルギーを供給、需給調整等を自ら行う事、あるいは、それらの事業に対する政策的支援を行う事」であり、平成27年度時点で、既に全国264の自治体が策定済みとされていますが、その中でも長野県は特に先進的です。


 今回紹介している本は大きく二部構成になっていますが、第1部で長野県が策定している地域エネルギー政策、「環境エネルギー戦略」について、策定までの経緯とその具体的な内容を分かりやすくまとめてあります。

 簡単に本の内容を要約すると、環境エネルギー戦略の策定の直接的なきっかけは、2010年に「エネルギー自給戦略の策定」と「温暖化対策の強化」を公約にしていた知事が就任した事だったようです。この結果、2011年度に温暖化対策係が課に昇格し人員も強化されました。その後政策転換に3年の歳月かけ、環境省出身の研究者やISEP所長などの協力も得ながら、策定にこぎつけます。策定の過程では2011年の東日本大震災などの影響もあるなど、苦労話も本の中では紹介されています。

 環境エネルギー戦略の詳細な内容についてですが、僕もまだ読み込んではいないので、基本事項だけ簡単に紹介させて頂きます。


 まず基本目標は「持続可能で低炭素な環境エネルギー地域社会をつくる」事です。この趣旨については「経済は成長しつつ温室効果ガス総排出量とエネルギー消費量の削減が進む経済・社会構造」を目指す事だと説明しています。具体的には、エネルギー利用の効率化、地域の自然エネルギーによるエネルギー自給率の向上、温室効果ガスの排出抑制、自然エネルギー事業や省エネ投資による地域経済の活性化、国際的なエネルギーリスクや地球温暖化の進行によるリスクへの耐性強化の実現によって、達成するという事です。そしてこれらを「市町村や一定のコミュニティ等の地域レベルでみれば、『エネルギー自立地域』の実現を目指すもの」であるとし、締めくくります。


 こうした姿勢は環境と経済を切り離して考えるものであり、ドイツのエネルギーシフトと同じデカップリング政策と言われます。従来は経済成長と共にエネルギー消費は増加すると考えられており、経済が成長すると環境は悪化すると考えられてきました。しかし、環境を守りつつ経済成長を達成するという姿勢は、環境と経済を対立関係から切り離したものと言うことができるため、デカップリングと考えることができるのです。


 また、長野県の地域エネルギー政策において特徴的な点として、筆者は「環境エネルギー政策と地球温暖化対策の統合」(書籍p46~49)を上げています。実は、国ではエネルギー政策を経済産業省が、地球温暖化対策を環境省が担当しており、それぞれ別々に取り組みを行っています。長野県では二つを統合し一つの計画とする事で、別々にしてしまった際に考えられる、連携の乱れによる政策効果の低下や、予算・人員の空費を防いでいるのです。


 さらに長野県はこの地域エネルギー政策に関連した様々な支援策も整備しており、その内容は本の中で詳しく紹介されています。長野県が参考にした東京都や横浜市などの環境に関する先進的な支援策の例もあります。また、政策の効果を判断する指標についてもいくつかの指標を複合的に用いるとしているなど、地域エネルギー政策を考える上での参考点は数多くあるので、自治体関係者の方にはぜひ読んでいただきたい一冊です。

3.環境と経済の両立とは

 では実際に環境と経済を両立するにはどういった取り組みが必要なのでしょうか。両立実現にはエネルギー消費量と二酸化炭素排出量削減の取り組みなどが、同時に経済成長を促進する取り組みになる必要があります

 実はこの仕組みはそう難しいものではありません。まず最も分かりやすいのは再生可能エネルギーの導入によって地域外に流出していた資金を地域内にとどめることができる、というものです。これまで外部から電力を買ったり、化石燃料を購入したりするために使っていた資金を、再エネで自家発電する事によって、地域内に循環させることができるようになります。また、エネルギー消費を抑えるために忘れてはならないのが省エネという事になりますが、再エネや省エネのための設備投資も促され地域内の経済循環が活発になります。さらに地域産の再エネを大都市に販売する事も可能です。


 地域産の電力を都市部に売電するという仕組みは、国の単位で見るとエネルギーに関連する資金の流れを「都市→海外」から「都市→地方」とすることができ、エネルギー安全保障や地域経済の活性化という点でも魅力的な視点になります。都市には大きなエネルギー需要がある反面、再エネなどを設置できる場所は限られています。他方、地方のエネルギー需要は大きくありませんが、再エネ設備等を設置できる場所には事欠きません。都市から地方へと資金の流れる仕組みを作ることができれば、都市と地方の格差是正にも繋がるでしょう。

 実際に都市と地方のエネルギー連携については本の中でも、東京丸の内、新丸ビルと青森県の風力発電所の事例や、長野県と東京都世田谷区の連携の事例などが成功事例として紹介されています。ドイツでも同じような形で、エネルギー消費と温室効果ガス排出量を抑えつつ、経済成長も達成したという事です。


4.エネルギーシフトを支える様々なステークホルダー

 さて、環境やエネルギー政策に積極的な知事の就任が起点となり、意欲的な県職員や外部の専門家などによって進められてきた長野県の地域エネルギー政策ですが、そうした動きを支える様々な官民のアクターが長野県の中にあった事も忘れてはなりません。本の第2部では、そうした長野県のエネルギーシフトを支える様々なアクターが、地域エネルギー事業、中小企業、建物エネルギー性能、自治体の四つの章に分けられ、それぞれについて三つの主体が紹介されています。


 まず地域エネルギー事業の章では、おひさま進歩エネルギー株式会社、NPO法人上田市民エネルギー、一般社団法人自然エネルギー信州ネットの三つが紹介されています。いずれもこの分野ではパイオニアと呼ばれる団体で、非常にユニークな活動を展開している団体もあります。

 次に中小企業の章では、太陽熱利用システムの原型となる不凍液を使った熱交換システムを開発した「株式会社サンジュニア」、太陽光発電システムの総合商社「鈴与マタイ株式会社」、地域のガス・電力事業を担う岡谷酸素株式会社の三つがあげられています。

 建物エネルギー性能の担い手としては建築事業社が主に上げられています。北信商建株式会社、株式会社ヴァルト、有限会社和建築設計事務所の三つです。これらの企業の共通項は、どの会社も「高断熱・高気密の建物の重要性に対する理解と高い技術力」(書籍p166)を持つ事です。長野県は冬に気温が下がり雪も多い事から、冬のエネルギー消費を抑える事に課題があります。また、冬の寒い住宅において、暑い風呂場から急に寒い脱衣所に出たりするなど、急激な温度変化を起こすような住環境だと、心疾患と脳血管疾患の可能性が高くなるという研究もあり、住居全体の断熱、気密は省エネと健康両方の観点から非常に重要なのです。

 最後に自治体の担い手です。長野県はエネルギーや林業分野の部署がかなり積極的に活動している自治体といえると思います。長野県林務部はオーストリアを模範とする林業への転換を目指し、オーストリアと長野県の連携を主導しました。長野県企業局は、東京都世田谷区との再生可能エネルギーの連携を実現し、水力発電所を利用した公営電気事業にも取り組んでいます。最後には、飯田市の環境モデル都市推進課についても紹介があります。


 このように、長野県では様々な主体が地域のエネルギー戦略に関わっており、行政と民間が上手くかみ合っているように思われます。ただ、県民への周知はまだまだ進んでいないらしく、課題は残ってるそうです。実際僕の長野県の友人も、「長野県ってすごいんやね!」と僕が話すと、「何それ?」という感じの反応でした。



 最後に、僕がこの本の中で減給のあった、重要だと思った論点について触れておきます。それはエネルギーの地産地消=環境と経済の両立ではないという事です。エネルギーの地産地消だけを考えた場合、地域外の事業者がその地域の太陽光発電事業に参入し、地域に売電しても良いのです。これも、日本全体のエネルギー自給率を高めるという視点から見ればまるっきりナンセンスな手法とは言えませんが、資金は域外に流出するため地域にとっては、環境と経済の両立はできていない事になってしまします。単純に再エネを地域に導入すればよいのではなく、重要なのは再生可能エネルギーの導入によって、地域の環境が守られるとともに、その利益がしっかりと地域に還元されることなのです。この点をしっかりと抑えたうえで、長野県のような取り組みが少しでも多くの人に認知され、地域エネルギー政策について真剣に考える方が増えれば嬉しく思います。


参考文献等

・「信州はエネルギーシフトする~環境先進国ドイツをめざす長野県~」(2018年・築地書館) 田中信一郎

「ドイツの電源構成、2018年に初めて再エネが『40%越え』」2019年1月7日付の日経×TECH記事

・平成28年度低炭素社会の実現に向けた中長期的再生可能エネルギー導入拡大方策検討調査委託業務報告書、参考資料1「ドイツのエネルギー変革に関する動向調査」(環境省)

「エネルギーシフト:世代を超えたプロジェクト」(「ドイツの実情」ウェブサイトより)

長野県環境エネルギー戦略 (長野県HPより)

・「地方自治体の地域エネルギー政策推進に向けた取組み状況について(報告)」(平成27年3月) 環境省総合環境政策局環境計画課

地域学・どっと・こむ

金沢大学地域創造学類にて地域づくりについて本気で学ぶ現役大学生です。発展途上のサイトでまだまだ試行錯誤しながらですが、月に数本のコラムを投稿し、地域について考えるきっかけやアイディアが生まれるきっかけを創っています!

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