二回にわたって、僕の研究テーマについて特集するシリーズ「地域エネルギー自治とは」。前回は日本の電力事業の歴史と地域エネルギー自治に関連する先行研究について整理しました。2回目の今日は、前回整理した電力事業の歴史と「地域エネルギー自治」に関する先行研究を踏まえて、「地域エネルギー自治」的な自治とは何か、そしてエネルギー自治の先にある地域の姿はどのようなものなのか、考えていきたいと思います。
まずは、地域エネルギー自治の根幹となる地域エネルギー政策について、国内先進事例といわれている長野県の政策を確認し、整理していきます。
1.地域エネルギー政策
地域エネルギー政策の先駆けとしてよく紹介されるのが長野県の環境エネルギー戦略です。僕は三年次の研究で、長野県の「環境エネルギー戦略」がなぜ地域エネルギー政策の先進事例と言われているのか探りました。以下、研究レポートより抜粋し、長野県環境エネルギー戦略(以下、環境戦略とします)の特徴についてご紹介します。
環境戦略は、環境総合計画の下位計画に位置する「地方公共団体実行計画(区域施策編)」として打ち出しており、より具体的な内容となっています。そこでは、省エネルギーと自然エネルギーの推進、環境エネルギー政策の統合的推進を目的としており、これらに対して、県として電力需要のコントロールをしようとする政策パッケージや、都市計画と環境エネルギー政策の連携を図るという項目で具体的に目的達成のための政策体系が組み立てられています。また、環境を守りつつ、経済成長を達成するという姿勢を明確に示しており、環境と経済を対立関係から切り離したものと言うことができるため、デカップリング政策として評価されています。
環境戦略には地球温暖化の問題について当事者意識をもっていると思われる記述が目立ちます。これは県のエネルギー需給や燃料費としての資金流出額の試算を試みていることからも明らかで、長野県は国際的な燃料費の推移など、大きな枠組みの中で県の現状を把握するなど、多角的に県の立ち位置を捉えています。
また、地球温暖化対策等が地域にもたらす効果についても整理しています。その中で、富の海外流出抑制、域内消費・投資の拡大、地域への富の流入増加、海外リスクへの耐性強化、地域の自己決定力・自治の強化という点はエネルギー自治を考える上で重要な論点として挙げられています。さらに、エネルギー自治の上に成り立つエネルギー自立地域の要素についての整理もしているので、県が主体性をもって環境戦略を進めていく姿勢が評価できると思われるのです。
再エネの拡大についても、自然エネルギー協議会を活用するなど、県民の意見を県内のみならず国全体に反映させるための施策があります。また、県の公営電気事業があり、積極的に新規事業を行う姿勢も見せており、さらにエネルギー事業を公共性のあるものだと認識し、行政主導も辞さない姿勢を鮮明にしています。
実行や進捗管理に関しては、確認できた平成27年度から令和元年度については、毎年一回以上、環境審議会で環境エネルギー戦略の進捗条項などが審議事項となっています。また、実際に2017年に中間見直しが行われ、2018年3月に新たにSDGsの視点を盛り込むなどした見直しが行われています。こうした点から、適切に進捗管理や計画の見直しが行われていることが示唆されます。
このように評価できる点が多く、逆にマイナス面となる部分については、政策実態を細かく分析していかなければいけないため、現時点で筆者自身は論じられる立場にありません。ただし、こうした長野県の取組が全国的には数少ない事例のうちの一つであることは間違いありませんし、中間見直しが行われている点からも、比較的しっかりと政策が動いているのではないかと思われます。
2.地域エネルギー自治の先にあるのは何か
では、地域エネルギー政策が整備され地域エネルギー自治を行っていくとして、その自治の行きつく先はどこなのでしょうか。地域エネルギー自治の文脈では、よく再エネやエネルギーの地産地消といった言葉がセットで浮かび上がってきます。確かに地域エネルギー自治の考え方が生まれた背景には、既存の大規模集中型エネルギーシステムへの反省から、分散型電源である再エネに注目が充てられたという事がありました。また、地域が自分たちの手でエネルギーシステムを構築し、地域のエネルギーを地域で賄うという地産地消の取組も注目すべき動きである事は間違いありません。これらの取り組みが地域エネルギー自治の結果選択されることが多いのも事実だと思われます。
ただし、「自治」という言葉が意味するところを冷静に考えると、地域エネルギー自治のいきつく先が必ずしも再エネやエネルギーの地産地消だけではない事が想像できます。
ここで改めて地域エネルギー自治の定義について、前回のコラムを振り返ってみます。
「当該地域の住民、行政、事業者らが自らの意志で、地域の利害に沿って、エネルギー分野にまつわる事柄(政策形成・事業経営等)に関与し、意思決定をする事」
いかがでしょうか。他の研究者による定義を見ても、再エネの活用やエネルギーの地産地消がエネルギー自治の定義とされていることは、ほぼないといってよいでしょう。エネルギー自治の結果、従来のエネルギーシステムの維持という結論に至ったり、化石燃料を使う自家発電機の導入を検討する事も、十分にあり得るのです。特に自家発電設備の導入は災害の多い日本においては重要な論点ともなりえます。
3.地域エネルギー自治・政策に必要な考え方
地域エネルギー自治の望ましい形とは何なのか、また地域エネルギー政策が本当に地域にとってプラスの効果を与えているのかは研究を深めなければなりません。
幸い、電力事業や電気にはいくつかの基盤となる考え方があります。
一つ目がS+3Eという考え方です。安全性(Safety)を大前提の土台とし、エネルギーの安定供給(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境への適合(Environment)、すなわち、どんな時も電気が安定的に届けられ、できるだけ安い価格で、環境保全にも配慮するという日本のエネルギー政策の基盤となる概念です。
二つ目がエネルギーミックスです。これは再エネの無秩序な大量導入に待ったをかける考え方といっても良いかもしれません。端的に言えば、原子力や火力、再エネなど全ての電源をバランスよく使いましょう、という事です。例えば原子力は3E全てを満たすと考えられますが、Sの前提が福島原発事故によって揺らぎました。また経済効率性についても疑問視される部分が少なからずあります。火力発電は安全性は確保されていますし、安定供給、経済効率性の面からも非常に優れた電源といえます。しかし、周知のとおりCO2排出量が他の電源より圧倒的に多く、環境へ適合していません。再エネはというと、安全性、環境適合は申し分なく、経済効率性も海外では十分に満たしているのですが、安定供給という点では天候という越えられない壁があります。再エネの中でも大規模水力発電はS+3Eすべてを満たしますが、日本国内の電力をすべて賄うだけの発電量には遠く届きません。
蓄電技術が進歩し、蓄電設備が指数関数的に普及する10~30年後であれば、再エネを主力電源として原子力や火力に頼らない発電も可能です。しかしそれでも再エネ100%で日本全国の電力を賄うには、何らかのブレイクスルーがないと難しいでしょう。蓄電設備が普及していない現状では、様々な電源の長所を集め、短所を補い合って電力の安定供給をしていく必要があるのです。
三つ目が電気の質です。電気の質とは周波数と電圧そして、停電の確立を指します。より広義に安定供給やどの電源によって発電されたのか、を質とみなす考え方もありますが、ここでは一般論として周波数と電圧を電気の質とします。
まず周波数とは新潟県の糸魚川と静岡県の富士川を結ぶ線より東側であれば50Hz、西側であれば60Hzとされるものです。電圧は「○○ボルト」といわれているものです。これらは電力の需給バランスに関わり、需要が供給を大きく上回ると下がり、需要よりも供給が上回ると上がります。このバランスがずれると大規模停電につながります。
ちなみに日本の電力会社はこの電気の質において、世界で最も品質の良い電気を提供していると評価されています。停電時間が諸外国に比べて圧倒的に短いのがその理由です。
S+3E、エネルギーミックス、電気の質、これら三つがしっかりと担保されていなければ、地域エネルギー政策は骨抜きのものであるといっても過言ではないでしょう。また、地域エネルギー自治を行う上でも、これらの基盤についてはしっかりと踏まえておかなければなりません。自分たちの住む地域にとって、何が良くて何が良くないのか。エネルギー、電気は生活の基盤であるだけに、一時の風潮に流されない、慎重な議論が求められます。
〇参考文献等
・大手電力会社パンフレット、HP等
・長野県環境エネルギー戦略~第三次長野県地球温暖化防止県民計画~(長野県HP)
・「長野県環境エネルギー戦略の目標の一部上方修正について」(2015年長野県)
・「長野県環境エネルギー戦略の中間見直しにあたっての現状分析」(2018年3月・長野県)
・「地方自治体の地域エネルギー政策推進に向けた取組み状況について(報告)」平成27年3月環境省総合環境政策局環境計画課
・「地方公共団体における地球温暖化対策の推進に関する法律施行状況調査結果(平成30年10月1日現在)」p463.465(環境省)
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