特集:地域エネルギー自治とは①

 皆さんはある言葉の定義づけを行った事はありますか? 言葉の定義と言うものは大学での学びにおいて非常に重要です。特にレポートや論文を書く上では、自分が使用する単語の定義をしっかりと整理したうえで、議論を展開しなければなりません。言葉の定義が曖昧なままでは論文全体を統一する軸が脆くなり、説得力も弱くなるからです。僕の専門である「地域学」の分野ではこの「言葉の定義」が、しばしば講義で話題になります。

 例えば「地域」という単語です。「地域」と言われて皆さんはどれくらいの範囲を創造されるでしょうか。僕が「地域」という際は多くの場合、市町村レベルの基礎自治体が治める範囲を指します。ところが人によっては都道府県単位で使ったり、北陸や関西、本州などと言った範囲を想像される方もいますし、国単位、東アジア地域、アジア地域、ヨーロッパやユーラシアを指すなど「地域」の使われ方はその場によって違います。ですからレポートで「地域」という言葉を使う際はこうした曖昧さを回避するために、必ず「ここでいう地域とは市町村単位を基本とする」と但し書きを添えなければならないのです。


 この一例からも分かる通り、言葉の定義を確認するというのは大変重要な作業であり、同時に非常に難しい作業でもあります。特に、明確な定義が確立していない概念を扱う場合には、自分でその概念にまつわる情報を収集、整理しなければならないため、難易度は跳ね上がります。僕の場合、変革期にある電力業界や再エネをテーマに研究をしているため、どうしても言葉の定義という問題にぶち当たってしまうのです。

 実は、「地域エネルギー自治」という言葉には明確な定義が存在しません。そもそもが東日本大震災以降になって、ようやく日の目を見始めた概念ですし、まだまだ全国的な認知度は低いのが現状です。

 そこで、今回から二回にわたって「地域エネルギー自治」とその基盤である「地域エネルギー政策」について特集したいと思います。これらのキーワードは、以前長野県の取組を紹介した際にも少し触れており、長野県の環境エネルギー戦略はその好事例と言えるものです。第一回の今回は日本の電力事業の歴史と地域エネルギー自治に関連する先行研究について整理していきます。


1.日本の電力事業の歴史

~地域独占の由来は明治にあった~

 さて、日本で電力事業が本格的に始まったのは明治時代に入ってからです。日本で初めて電灯に明かりがついたのは、1882年(明治15年)でした。4年後には日本初の電力会社で今の東京電力の前身となる東京電燈が開業し、その次の年には日本で最初の石炭火力発電所が建設されます。明治時代は電力事業のみならず、エネルギー産業全体が黎明期であり、日本全国に発電所や電力会社が誕生しました。1900年頃までは全国に60社以上の電力会社があったのだというから驚きです。

 1900年代に入ると日露戦争や第1次大戦という戦争景気の煽りもあって、工場動力の電化が進み電力需要も急増します。新たな電力需要を満たす必要がありましたが、この時期に石炭価格の高騰が発生したため、大規模水力発電所の建設が行われる事になりました。その結果、日本の発電出力の比率は火力よりも水力の割合の方が高くなり、電気料金が下がり電力事業者の競争が激化したため業界全体が収益悪化で混乱状態になります。そこで1932年にそれまで自由競争だった電力事業が改められ地域独占事業となり、これが戦後の大手9電力会社の地域独占の由来となります。

 その後、第2次大戦が近づく中で電力事業を国家の管理下に置くべきだという考えが強くなり、1938年に電力国家管理法が成立します。翌年には日本発送電株式会社が設立され、民間電力会社は北海道、東北、北陸、関東、中部、関西、中国、四国、九州の9つの配電会社となり、電力の国家管理時代が始まりました。


~戦後の民営化と環境意識の高まり~

 戦後はGHQの支配下で電力民営化が進められ、日本発送電株式会社は解散。戦時中の9つの配電会社と同じ地域の振り分けで、発送電と配電を一貫して管理する9つの民間企業が誕生し、大手9電力による地域独占が続きます。朝鮮特需や高度経済成長に沸いた日本は、電力需要も急激に拡大し、1966年には日本初の原子力発電所が運転を開始しました。この頃になると大規模な水力発電所は新たに国内に建設可能な場所は少なくなり、火力発電の比率が高まっていきます。一方で、1960年代末からは四大公害に代表されるような公害が社会問題となり、環境問題への意識も少しずつ高まっていきました。また、1970年代から1980年代にかけて起きた二度のオイルショックの影響を植えて、国は1979年、エネルギーの使用の合理化に関する法律(通称省エネ法)を制定し、効率的なエネルギーの利用に努めるよう求めました。


 1985年には国連環境計画が地球温暖化問題に警鐘を鳴らし、1997年には京都議定書が採択されます。この京都議定書をきっかけとして、基礎自治体が 新エネルギービジョンなどに取り組み始め、地域エネルギー自治の基盤となる地域エネルギー政策の土壌が育まれます。2000年代に入ると電力小売りの自由化が段階的に進み、電力システム改革が始まりました。さらに2011年の東日本大震災が景気となり、原発を中心としてエネルギー政策の見直しが図られます。2012年には固定価格買取制度(通称FIT制度)が始まり、再エネの導入も拡大されました。

 しかし、国の原発優先の姿勢は変わらず再エネに至っては太陽光だけが突出するといういびつな構造が誕生し、日本は世界から「環境後進国」として認識されるようになります。かつての省エネ大国としての輝きは見る影もありません。地球温暖化問題、気候変動問題、持続可能な発展。これらの人類課題が大きく取り上げられるにつてれ、地域から環境問題に貢献するという発想が生まれました。それが地域エネルギー自治の原動力となっているのです。

 

2.地域エネルギー自治に関する先行研究

~「地域エネルギー自治」の定義とは~

 ここからは地域エネルギー自治に関する先行研究を整理していきます。先述の通り地域エネルギー自治という概念は東日本大震災大震災以降、よく取り上げられるようになりました。ということは、この言葉が使われ始めてからまだ10年もたっていないということになります。そのため、未だに明確な定義がなく、論文で使用される時も研究者によってその定義の仕方は微妙に異なるというのが現状です。そこで、まずはこの「地域エネルギー自治」の定義づけをしていきます。


 地域エネルギー自治の研究において大変参考になるのが「『エネルギー自治』の理論的射程」(高橋.2016)という論文です。この論文では、2016年までの地域エネルギー自治に関連する先行研究をまとめた上で、地方自治論なども絡めながら地域エネルギー自治の定義づけが行われています。

 そもそも、エネルギー政策は国の専門というのがこれまでの常識です。エネルギーは国の安全保障の根幹ですし、日本全体に電気を滞りなく届けるためにはある程度の規模感をもって、広い視野で調整が必要なためです。しかし、高橋(2016)は地方自治法の第1条の2を引き合いに出し、「住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本」(総務省も同じように整理しており、地方自治法にもこの記述がある)としている事から、エネルギーが住民に身近であれば自治の対象となり得る、と論じます。

 実は、エネルギーは住民に身近であるというのは簡単に理由を述べることができます。高橋論文でも指摘されていますが、大規模な発電所等の建設による環境破壊や原子力発電所の誘致などは、地域住民にとって大きな問題です。また、発電所の建設などは地域の雇用や税収の増加、域内の資金循環構造の変革など、地域経済に様々な影響を及ぼします。これらは、エネルギー政策は地域においても実施されるに足る根拠となるものです。「地域エネルギー自治」は、理想論的な漠然とした概念ではなく、地方自治の理念と法律に支えられた確固たる理論として存在し得るのです。法的根拠を持った理論として提示できるのであれば、定義づけも可能です。


 さて、ここで僕が自分の研究論文で使用すると決めた地域エネルギー自治の定義を紹介します。

 「当該地域の住民、行政、事業者らが自らの意志で、地域の利害に沿って、エネルギー分野にまつわる事柄(政策形成・事業経営等)に関与し、意思決定をする事」

 この定義は「行政、事業者、住民といった地域に根差した主体が、エネルギーの需給にまつわる規制・振興及び事業経営について、地域の利害の観点から関与すること」とした高橋(2016)に多分に影響を受けています。ただ、地域エネルギー自治を定義するうえで、僕なりに重要だと考えたことをうまく定義に盛り込みたいという思いもあり、未熟ながらなんとか定義を試みた次第です。

 僕が地域エネルギー自治を定義するにあたって重要だと考えたのは、地域の様々なステークホルダーが能動的にエネルギー分野について行動しなければならない、という点です。言い換えれば地方自治の考え方が定義に盛り込まれていなければならないという事。この能動的というニュアンスを表現するために、「自らの意思で」、「意思決定をする」という言葉を組み込みました。地方自治という点では「地域の利害に沿って」という部分がどうしても必要です。また住民の側からの問題提起があり、それを行政がリーダーシップをとりながら事業者等のために法整備をする、「住民→行政→事業者」という順序を一つの理想形と考え、「住民、行政、事業者」という順番に書いています。


~地域エネルギー自治の背景と現実~

 なぜ「地域エネルギー自治」という考え方が生まれたのでしょうか。背景には、「地域が利用するエネルギーのあり方について地域の意思を反映させ、地域側から エネルギー問題に貢献したいという」理念的なものと、「経済的に疲弊して人口の 流出・減少が続く地方地域の側からの実利的な」ものという、二つの考えがあると武山(2019)は指摘します。

 もともと日本にはエネルギー資源のほとんどを輸入に依存しているという問題があります。これは日本の安全保障上大きな問題であり、近年中東への依存度を低減しようという取り組みがなされている最中です。また経済的にも、燃料費として相当額の資金が国外へ流出しているという状況が続いていることになります。地域の事業者等は、そういった海外産の燃料から発電をしている電力会社から電力を購入せざるを得ないため、地域内資金は次々と域外へ流出するという経済構造が固定化されているのです。

 他方で、環境問題はもはや待ったなしの危機的状況に陥っています。化石燃料依存の発電事業にもメスが入れられようとしている昨今、地球温暖化に代表される環境問題に貢献したい、しなければならないと考える人々は少しずつ増えているのです。また、環境配慮型の事業経営はESG投資家からの資金供給を容易にし、長期的に持続発展できる経営として評価されます。


 こうした地域や世界の深刻な問題が浮かび上がる中、東日本大震災や2019年の台風19号など、甚大な被害をもたらした災害が引き金となり、地域エネルギー自治はクローズアップされてきました。その根底には「地域が利用するエネルギーのあり方について地域の意思を反映させ、地域側から エネルギー問題に貢献したいという」理念的(武山.2019)なものと、「経済的に疲弊して人口の 流出・減少が続く地方地域の側からの実利的な狙い」(同上)の二つがあると考えられています。

 では、これらを背景にして展開された地域エネルギー自治の実情はどのようなものなのでしょうか。武山(2019)は、地域エネルギー自治と関連があると思われる事業、つまり自治体が関与している事業の特徴を以下のように整理しています。

【事業目的からみた特徴】
 太陽光、バイオマス、水力など再生可能エネルギーの地産地消に重点を置いており、市民の出資も得て地域社会の活性化に重点を置く収益事業として位置づけ、住民サービスへの還元をアピールする安価な電力供給、安定的な電力の供給を目指している。
【事業内容からみた特徴】
 自前での発電、市場からの調達、大手発電会社などとの相対契約での調達、および地元の発電施設からの調達など、多様な電力を調達している。その中で、太陽光発電、小水力発電、木質バイオマスといった再生可能エネルギーの調達・販売を重視している。電力の調達先はさまざまであるが、自前の発電施設の保有を目指す動きが強い。電力の供給先は役所、学校をはじめとする地元の公共施設がまずあり、そのうえで民間の事業所や住宅などが対象として想定されている。また住民サービスの充実が意識されている。

 これだけを見ると、地域エネルギー自治の思想は全国的にうまく広がっているようにも感じます。他方、坪郷(2019)が「市民発電所台帳(2018)」を整理した内容が以下のものです。

・資金調達方法で最も多いのは、市民出資(322か所)で、次いで金融機関融資(220か所)、助成金(216か所)、が多く、自己資金は少ない(77か所)。
発電所数では、福祉施設等15%(81か所)、工場・倉庫等14%(78か所)、公民館等12%(68か所)、保育園・幼稚園11%(63か所)と建物が全体の7割強を占める。ソーラーシェアリングは32か所。
・地元工務店との連携の割合は同一市区町村41%、同一都道府県50%である。
・売電先として、発電所数で、旧一般電気事業者91%(355か所)、新電力6.9%(27か所)、出力数でも新電力は8%。売電先の乗り換えを検討しているのは15.4%60と少ない。

 地域エネルギー自治が出来ているかどうかを見る一つの指標として、金融機関融資のうち地元資本の割合がどれだけ高いたというものがあります。今回紹介し得ている論文だけではその点を論じることは難しいですが、市民出資、金融機関融資の割合が多い事は地域が主体となって持続的に資金循環を可能とできると思われるため、好意的に評価できます。一方で、地元工務店との連携はまだ過半に満たない水準です。再エネ設備関連のノウハウを持った企業が地域内に中々ないという現実もありますが、より地域経済に波及効果をもたらすためには、多くの地元企業を巻き込む必要があるため、慎重に見極めなければならない点になります。また、市民電力の多くが旧一般電気事業者(大手電力)への売電に依存している点は、売電の収益を地域に還元できるという面では評価できるますが、エネルギーの地産地消という面では課題ともなり得るでしょう。売電だけでなく、地域に電力を供給するという視点も取り入れていく必要があります。



 さて、こうした現実に対して、地域エネルギー自治の本来あるべき姿は何なのでしょうか。地域エネルギー自治的な取り組みというのはどのようなものなのでしょうか。次回はこうした疑問への答えを探っていきたいと思います。


〇参考文献

「日本のエネルギー、150年の歴史①~⑥」資源エネルギー庁(リンク先は①「日本の近代エネルギー産業は、文明開化と共に産声を上げた」)

「電気の歴史(日本の電気事業と社会)」電気事業連合会

・「再生可能エネルギーをひろげる : エネルギー自治の視点」都市問題 110(7), 72-81, 2019 坪郷實

・「『地域エネルギー自治』の在り方:その意義と課題」武蔵野大学環境研究所紀要8号1-19  2019年 武山 尚道

・「『エネルギー自治』の理論的射程」都留文科大学研究紀要 第83集 2016年3月 高橋洋 


地域学・どっと・こむ

金沢大学地域創造学類にて地域づくりについて本気で学ぶ現役大学生です。発展途上のサイトでまだまだ試行錯誤しながらですが、月に数本のコラムを投稿し、地域について考えるきっかけやアイディアが生まれるきっかけを創っています!

0コメント

  • 1000 / 1000