地域づくりの経済学入門

 大学入学前から僕が常々考えているのは、地域づくりを論理的に進めていかなければならない、という事です。単に地域活性化やコミュニティづくり、地方創生といってもその内容は様々です。大学の講義では地方創生や地域再生、地域活性化というスローガンを掲げ、具体的な施策は穴おぼこだらけのお粗末なもの、という例も少なくないと聞かされます。僕も講義やゼミ、個人的な調べ物でいくつかの事例を見てきましたが、これはちょっと……と思うものが時々出てくるものです。ただ、そうした失敗例が表沙汰になることはほとんどありません。

 理由は単純で、人間は失敗から学ぶ生き物ですが、同時に自分の失敗を知られることも嫌う生き物でもあるからです。地域づくりにおいても、様々な成功事例がこの世の中にはあふれていますが、失敗例を調べようとすると中々出てきません。本当は成功例よりも失敗例のほうが何倍も数多くあるはずですが、研究論文を見ても、ある程度調査対象に配慮しなければなりませんので「失敗」という言葉を避け、どれだけ酷い言い方でも「議論の余地がある」などの言葉で濁されている事が多く、釈然としません。また大人の世界では立場というものがあり、例え気が付いていても、失敗と認めるわけにはいかないというのも事実です。僕自身もそんな失敗例をうまく見つけ、分析、指摘する事が出来ればよいのですが、恥ずかしながらまだそこまでの力がないのが現実です。

 ただ、失敗を見つけるための考え方を知ることはできます。今回は地域づくりを評価するうえでの目力の基礎を授けてくれると感じた一冊を紹介し、僕自身が地域づくりを考えるうえで今後留意していこうと考えた事を整理していきたいと思います。また、僕の今の卒業研究に関わる考え方も、同時に紹介していきます。


0.「地域づくりの経済学入門―地域内再投資力論―」

 さて、まずは読んだ本「地域づくりの経済学入門―地域内再投資力論―」の紹介を簡単に行いたいと思います。この本の筆者、岡田友弘氏は昨年3月まで京都大学の教授をされており、地域経済学を専門とされている研究者と一般的に紹介されています。書籍自体は2005年のものですので、記載されている情報は若干古いですが、当時までの国の政策や地方自治体のやってきた事を批判的に紹介しつつ、それに対比する形で当時有名だった成功事例を紹介していくといった流れで展開されています。全体は四部構成になっており、第一部で地域や地域経済に関する要素の整理し、第二部で戦後から2005年までに行われてきた国土総合開発計画やプロジェクト型開発などの地域開発政策の失敗の歴史を解説しています。第三部ではこの本の主題である「地域内再投資力」を高める地域の成功事例を紹介し、第四部では市町村合併の是非を問い、その上で住民自身が自らの生活領域の在り方を決定し、自ら実践していく「地域住民主権」の必要性を訴えかけています。

 本を通して一貫しているのは「地域内再投資力」をいかに高めるかを考えるべき、という主張です。「地域内再投資力」とは地域内に存在する民間企業や農家、協同組合、NPO、第三セクター、行政といった主体が地域内で雇用や部品、原材料、サービスの調達を繰り返す力です。筆者は再投資が繰り返されることで、地域内の労働者や農家、商工業者の生産と生活を維持・拡大できる力が備われば、地域経済の持続的発展が可能、としています。

 

1.地域内再投資力

 この「地域内再投資力」。実は僕も卒業研究の過程で「域内資金調達率」という別の言葉として注目していました。そもそも僕がエネルギー自治や再生可能エネルギーについての研究を始めたのは、地域から都市部へと流出し続ける資金の流れを止め、あわよくば外部からの資金流入をも狙える可能性を見出したからです。再エネは都市部よりも地方の方が電源立地の適地が多くあります。また、電力の産出地が地方であり、需要地は都市部なので、売電によって都市部からの資金流入に期待することが可能です。燃料費がかからず、かつ都市部からの売電収入が確保できれば、再エネには地方から都市部への資金流出の抑制と資金流入の道を作るという二つの効果があると期待できます。さらに地域産の電源という事に加えて、その設備や事業運営に関わる投資、運営資金を地元地域から集める事が出来れば、地元の資金が地元に使われ、その資金によって生まれた利益が、再び配当金などとして地域に還元されるという、地域内資金循環が生まれます。この場合、地域内で集めた資金が多ければ多いほど、つまり域内資金調達率が高ければ高いほど、地域に還元される利潤も増え、地域外に流出する利益も減ることになります。

 このような考えのもと、僕は地域の生活の土台となる地域経済の活性化を、地域づくりの主軸とし、これを地域内資金循環の活性化ととらえ、域内資金量を増やすために再エネに目を付けたのです。地域内再投資力は地域内で循環する資金力ともいえるため、ここで僕の研究とこの本が繋がります。

 

 先に述べたように、地域内再投資力とは地域内の主体が地域内で様々な財やサービスの調達を繰り返す力です。岡田氏は地域内再投資力を高めるために必要な事の一つに、地域内産業連関の構築を挙げています。地域内産業連関とは、要するに地域内の産業連関の事ですが、僕なりに書籍を参考にしたうえで、かみ砕いて説明しますと、地域内の中小事業者同士が経済的に結びつき、連携・団結して規模の大きな事業を受注したり、中小事業者同士で互いに仕事を受発注したりするなど、「横請け」の関係性のことを指します。この横請けの関係性の強化こそが地域内産業連関を強めることであり、地域内で資金が循環し再投資が繰り返されるので、地域経済が持続的に発展する基盤となります。


 ところが、書籍の中でも何度も指摘されていますが、現在の日本にはこうした地域内再投資力を高める構造がありません。多くの企業が本社を東京を中心とした都市部に置いており、利益の大部分を東京に吸い取られるという構造があるのです。これについては書籍の中で詳しく述べられていますが、僕なりに実際のデータを見ながら、捕捉したいと思います。

 補足説明に用いるのは地域経済分析システム「RESAS」です。ここで提供されている、地域の資金の支出流出入率について、北陸三県の2013年のデータを最初に見ていきます。今回参考にする項目は、住民の消費等を示す「民間消費額」、企業の設備投資等を示す「民間投資額」、政府支出、地域内産業の移輸出入収支額等を示す「その他支出」の三つです。最後のその他支出に関して、知らない方のために説明しますと、「移輸出入」とは国内の地域間での資金の行き来を表す「移出入」と、国をまたいだやり取りである「輸出入」を合わせたものです。

 では、実際のデータです。まず、石川県から見ていくと民間消費額、民間投資額、その他支出の順に、-0.5%、-16.0%、-17.1%であり、すべてにおいて域外に資金が流出している事が分かります。次いで富山県も同じ順に、-0.5%、0.9%、-23.2%、福井県は-9.3% 、-3.9%、-10.6%です。こうしてみると、北陸三県においては富山県の民間投資以外は地域から支出された資金より、地域外に流出した資金の額のほうが大きく、流出超過であることが見て取れます。逆に東京はどうなっているかというと、同じ順に、6.9% 12.7% 259.0%と、大幅な資金流入となっています。

 以下はRESASで地域内収支について調べたものです。青っぽい色が収支がマイナスで流出超過の地域。赤やオレンジ色がプラスで流入超過の地域です。こうしてみると、東京のみが赤々となっています。実際に東京は三十兆円以上のプラスで、それに次ぐ愛知や大阪でもプラスは二兆円程度と雲泥の差です。

 さらにより詳しく、石川県内を市町村別にみていくと、県内では県庁所在地である金沢市の地域内収支が2000億円のプラスであるのに対し、ほかにプラスの地域は宝達清水町の1億円と川北町の2億円のみで、その他すべての市町で-数百億円と流出超過となっています(能美市については-91億円)。このような傾向は福井県や富山県にも見られます。つまり、都道府県の中だけで見ても、県庁所在地などの中核地域に資金の偏りがみられるのです。

 このような状況では、そもそも地域に資金が残っていないと考えられますし、各道府県に資金が流入したとしても、県庁所在地のように一部地域にのみ資金が集中してしまい、地域内再投資力はどんどん弱まっていくことになるでしょう。


2.地域住民主権

 もう一点、やはり地域住民主権については地域づくりを学ぶものとして、しっかりと考え抜かなければならない問題だと感じます。地域住民主権とは岡田氏の造語で、戦術の通りその意味は「住民自身が自らの生活領域の在り方を決定し、自ら実践していく」という漠然としたものです。

 地域づくりにおいて住民参加というのは常に重要な問題です。住民参加にはいくつかの段階があり、アーンスタインの8段階梯子説によれば、世論操作、不満回避策、情報提供、相談、懐柔、パートナーシップ、権限委任、市民主導という段階があるとされます。ここでは最初の二つは住民参加が全く成されておらず、最後の三つは住民参加の度合いが非常に高く、真ん中の三つは形式的な参加と振り分けられます。

 例えば、以前紹介した長野県の環境エネルギー戦略の事例は、市民団体の動きや行政のリーダーシップとそれに呼応する民間の存在があったことから、市民主導やパートナーシップの好事例だと言えるでしょう。長野県のような事例をいくつか見ると、市民が主体的に動いていて、市民の参加度合いが高いほど、市民の声が反映されていたり、民間の技術力や自治能力が高いという可能性が見えてきます。


 岡田氏は地域住民主権について「国が上位に立って『地方』に対して権限を下げ渡すという『地方分権』ではなく、地域の在り方を、住民が主権を発揮して決定できることこそが重要ではないかという意味を込めた」と述べています。つまり、岡田氏のいう地域住民主権は、アーンスタインの八段階梯子説の中でも、最も高い位置にある「市民主導」に分類されるものなのではないでしょうか。

 地域住民自身が様々な場面、段階で自治を主体的に行い、国に依存しない地域の在り方を見つめなおす。地方創生という安倍政権の旗振りに追随するのではなく、本質的に地域が主役にならなければならないという意識が必要なのかもしれません。


3.地域エネルギー自治につながるヒント

 この本を読むことで、地域エネルギー自治にとって重要なことを改めて整理する事が出来ました。

 地域内再投資力は、再エネ関連の産業にも通じる考え方です。再エネ関連の投資では、域内資金調達率は非常に重要な要素です。太陽光パネルや風力発電機など、技術的な面については都市部の専門業者に頼らざるを得ないところはありますが、設置やその後のメンテナンス、運営等は地域の事業者でも可能です。また、大規模な発電所を作る際には、地元地域から出資者を募り、地元の金融機関や事業者からの資本比率を高めることで、より地域に還元がされるようにしなければなりません。

 地域住民主権についても、地域エネルギー自治の在り方に沿う考えと言えます。僕は地域エネルギー自治の定義について、僕は「当該地域の住民、行政、事業者らが自らの意志で、地域の利害に沿って、エネルギー分野にまつわる事柄(政策形成・事業経営等)に関与し、意思決定をする事」としました。地域住民主権という大枠の上に、様々な分野での地方自治があり、その一つとして地域エネルギー自治も存在します。

 

 地域づくりにおいても、地域の土台である地域経済と、住民の自治力を考える地域内再投資力と地域住民主権は重要な考え方となりうるでしょう。この二つを軸にして、今後様々な地域づくりの事例の大枠をとらえる事が出来れば、スムーズに分析につなげる事が出来るのではないでしょうか。僕も、今現在卒業研究の過程でどのように事例を整理するか苦心していたので、ひとまずはこの二つの軸を参考に、整理していく予定です。


 今回はここまで。後半うまくまとめる事が出来ませんでしたので、少々内容が薄かったかもしれません。ご容赦ください。


〇参考文献等

・「地域づくりの経済学入門ー地域内再投資力論ー」岡田知宏(2005年・自治研究社)

RESAS>地域経済循環マップ>支出分析

地域学・どっと・こむ

金沢大学地域創造学類にて地域づくりについて本気で学ぶ現役大学生です。発展途上のサイトでまだまだ試行錯誤しながらですが、月に数本のコラムを投稿し、地域について考えるきっかけやアイディアが生まれるきっかけを創っています!

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