原子力発電~賛成反対の二項対立を超えて~

 「あなたはこの意見に賛成ですか、反対ですか?」

このような質問を時々耳にすることはありませんか? こう聞かれたとき、「私はこういう理由から、賛成でも反対でもなく、慎重に検討するべきだと考えます」と答えると、歯切れが悪いからどっちかにしろ、などと指摘されることもしばしばあるのではないでしょうか。

 僕はこういった「賛成か反対か」の二項対立的な議論は意味がないと考えています。もちろん、賛成と反対両方の立場を考えて、自分の考えをより深化させるという意味では、二項対立的な発想も有用です。しかし、対人的な議論の場においては、賛成か反対かを明確に分けるやり方は対立を生むだけで話が前に進まず、硬直してしまうため非生産的といわざるを得ないと思います。


 ところが、世の中はいつも賛成か反対か、黒か白かの二項対立的で単純な議論を好みます。二項対立構造に単純化すれば話は分かりやすいですし、テレビ的なバラエティー性もありますから娯楽としてのニーズもあるのでしょう。しかし、賛成か反対かで分裂し、複雑な問題を無理やり単純化し、問題の本質を理解しないままの議論に娯楽以上の意味を見出すことは困難です。互いに批判を繰り返し、わだかまりを残したままなし崩し的な結論に至ったり、問題を先送りにする事が、娯楽の域を出て実社会においても見られる現状を看過していて良いのでしょうか。賛成か反対かの立場を超えた議論の場や社会というものを作るべきなのではないでしょうか。

 今回は二項対立的な議論を乗り越えるためのヒントを探し求めていた僕が、エネルギー政策の研究過程で偶然手に取った本を紹介しながら、皆さんにも二項対立的な議論を乗り越える考え方の枠を提示します。


0.本の紹介(原発を巡る問題の整理も含めて)

 今回のコラムを書く際の元ネタとなったのが、「社会システム・デザイン 組み立て思考のアプローチ『原発システム』の検証から考える」という本です。元々エネルギー政策に関する研究を進めていた影響もあり、


 この本は、著者が冒頭部分で「この本では推進か反対かという議論を抜け出すために『社会システム・デザイン』というアプローチを紹介する」と述べている通り、原発を具体例として取り出し、賛成か反対かという二項対立的な議論を抜け出すための方法論を紹介しようと試みています。著者の言を借りると「原発は推進であれ反対であれマネジメントしていかなければなりません」。厳然たる事実として、日本には2020年2月時点で廃炉が決まったものも含めて60基の原発があります(資源エネルギー庁)。基本的に原発の運転期間は40年と決められており(申請すれば一度だけ20年延長可能)、運転期間が終われば廃炉作業に移行しなければなりません。廃炉にかかる期間は数十年単位とされており、使用済み核燃料等の放射性廃棄物の処理には、ものによって異なりますが、現在の技術で一般的に数万年単位の時間がかかるとされています。(使用済み核燃料を再処理して再度燃料として利用する技術も開発されていますが、現状では実現のめどが立っていないというのが大方の見方です)

 つまり、賛成か反対かの議論に固執し現状の膠着状態を続けていれば、巨費を投じて建設した原発が無駄になるだけでなく、すでに決まっている24基分の廃炉や使用済み核燃料の処理の仕方に関する必要な議論までも止まってしまいます。電力の安定供給や二酸化炭素の排出抑制という点から考えると、原子力にも一定の役割があるのですが、電力事業に関する理解が広く国民の間に浸透しているかといわれると、疑問を呈さざるを得ません。さらに、原発の推進か廃止かの国民的議論がはっきりと終結しないまま、原子力比率を低減するとしつつも、脱炭素の一手段として位置付けるという、なし崩し的な再稼働推進がエネルギー基本計画、エネルギー白書等で明言され、すでに原発大国であるフランスとの連携も進みつつある(エネルギー白書2019)のが、今の日本の現状なのです。

なお原発にどれだけのお金がかかっているのかは様々な角度からの見解があり、定まっておりませんので、ここでは具体的な金額の明言は差し控えます。ただ、福島原発事故の事故補償費用は政府が20兆円を超えたといっており、また建設費用も一基あたり数百億から巣千億円、廃炉費用も億単位とされていますので、その金額がどれだけのものであるかは想像できます。なお、そもそも今の世論が原発やエネルギー政策に関心がないという話もありますが、それについては今回は触れません。

 このような現状に問題意識を持つ著者は、現状の膠着状態を打破し、二度と福島原発事故のような過酷事故を起こさないための「社会システム」を「デザイン」していく必要があるといいます。原発をただの「エンジニアリング・システム」として捉えるのではなく、「技術のロジック」と「社会の価値観」の双方と関係を持つ「社会システム」として捉え、「原発システム」の「デザイン」をしていくべき、というのが本書の主題です。

 この本は「はじめに」や「おわりに」などを省くと全体は7章で構成されています。1章では原発システムを「社会システム」としてとらえる必要性を説き、2,3,5章で「社会システム・デザイン」の手法を原発という具体例を用いながら解説しています。4,6,7章では「社会システム・デザイン」や原発問題を扱う上で必要な知識や考え方に関する補足説明がされています。


1.社会システムとは?

 ではこの「社会システム」とは何なのでしょうか。先ほど「技術のロジック」と「社会の価値観」の双方と関係を持つ、と述べましたが、具体的にどういうことなのか、本書をもとに解説します。


 「社会システム」と対をなすのが「エンジニアリング・システム」です。著者によれば、エンジニアリング・システムは無機的なマシーンで構成されるスタティック・システム、静的なシステムであり、再現性の高さこそが信頼性と品質の証となります。ハードと呼ばれる目に見えるものが組み合わさったシステムである、とイメージしていただければよいと思います。

 一方で「社会システム」とはダイナミックシステムであり、過去の影響を受けながら、時間の経過とともに変化していくものです。完全な再現性はなく、時々刻々と変化するシステムです。ハードと違って目には見えない、ソフトウェア、具体的には組織経営や運営委管理のやり方など、といったイメージでしょうか。

 福島原発事故はこのような「社会システム」的な視点が欠如していたことによって起きた「人災である」というのが本書の指摘です。著者は福島原発事故に対して行われた「国会等用電力福島原子力発電所事故調査委員会」(以下「事故調」という)の委員に任命されており、事故調の帆酷暑の内容や、調査過程での経験も盛り込んで、福島原発事故に関する問題点を細かく記載しています。

 ただし、人災といっても東京電力や政府に責任があるのではなく、そもそも原発を「社会システム」として捉えず、技術的な観点からのみ安全性を高め、適切なリスク管理ができる運営体制や監視体制を構築していなかったことが問題だ、という点を本書が主張していることを改めて強調しておきます。

 これらの事は、主に第1章で詳述されていますが、本書のいたるところでで繰り返し言及されています。

 

2.社会システム・デザインとは?

 著者は「社会システム・デザイン」には大きく5つのステップがあるといいます。以下で簡単に紹介します。なお、「デザイン」の意味や、「悪循環」「良循環」「中核課題」などの言葉の定義や意味内容については、本書にて詳しく解説されていますので、実際に手に取り、確かめていただければと思います。


①悪循環を発見し中核課題を定義する。(第2章で詳述)

 最初のステップは、今ある課題が表面化した背後にある悪循環を見つけ出すことです。そして現象の背景にある本質的課題である「中核課題」を定義します。課題の発見までは、中核課題の仮説を作ってはそれに基づいた悪循環を書き、納得できないと壊す作業の繰り返しが必要です。本書では3つの悪循環を仮設し、中核課題を導出しています。

②中核課題にこたえる良循環を創造する。(第3章で詳述)

 悪循環を書き直し、中核課題を発見して初めて、「良循環」を創造する事ができます。本書では6つの良循環を仮設しています。創造行為であるため時間を十分にかけて良いところです。

③良循環を駆動するサブシステムを抽出する。(第5章で詳述)

 良循環は、自分たちの手によって創造されたものなので、当然現在世の中に存在しません。ですから、新しい良循環をゼロから回すために、自分たちの手の届く範囲で動かすことができるサブシステムを構築します。著者は経験的に、一つの良循環に対して3つのサブシステムが必要だと述べています。

④サブシステムごとの行動ステップを記述する。(第5章で詳述)

 サブシステムを構築できたら、次にサブシステムにかかわる人々の具体的な行動ステップを記述する作業に移ります。これまでかかわりのなかった多くの人々を巻き込み、だれにとっても自分がとるべき具体的行動が明解にわかるものを作らなければなりません。

⑤行動ステップを必要に応じてツリー上に分解する。(第5章で詳述)

 そして最後に、行動ステップをさらにツリー上に分解し、より詳細に説明します。サブシステムを細分化し、文章は実施者がすぐに行動できるような表現にしなければなりません。著者はそのコツとして、説明を動詞で終わらせるよう意識すればよいと述べています。


 いかがでしょうか。おそらくこれだけでは少々理解が追い付かないかと思いますが、あまり書きすぎると著作権法にも抵触しますので、詳しく知りたい方はぜひ本書を手に取ってみてください。本の中では図解もありますので、すなりとこの5つのステップを理解できるはずです。特に、今すぐにでも実践できるか試してみたい、という方は2,3,5章から読み進めるというのも一つの手かもしれません。


3.導入できるのか…?

 さて、この「社会システム・デザイン」という手法は、果たして実社会において導入することが可能なのでしょうか。この本を読んだ僕の率直な感想は…「これは…、相当大変だな」です。

 まさに「言うは易く行うは難し」の典型例と言えます。5つのステップを見ただけでは腑に落ちないかもしれませんが、本書を読み進めていくと、「社会システム・デザイン」という手法がこれまでの常識が通用しがたい手法であることが理解できます。官僚機構や専門家、そして我々一般市民に対しても思想の転換が求められており、日本社会全体が変わる必要がある手法なのです。

 簡単に三つほど、その理由をあげます。まず第一に「社会システム・デザイン」という行為には行政職員、企業、民間団体、地域住民などすべての主体が包括的にかかわる必要があります。第二に「社会システム・デザイン」という行為は創造行為であり、非常にクリエイティブな作業を求められます。そして第三に、そうした高度な作業に参加者全員が知的欲求を持ちながら、前向きに、かつ能動的に取り組まなければなりません。

 これだけのハードルがある中、「社会システム・デザイン」を導入するというのは一筋縄ではいかないでしょう。多くの人が現実味のない理想論である、と見向きもしない手法かもしれません。著者も多くの批判の声を聞いてきたと述べています。


 ただ、著者は本書の最後に「実は楽観している」と希望を託してもいます。僕も著者に同意です。国全体で今すぐにはできずとも、地方の基礎自治体レベルであれば導入は比較的容易ではないかと感じています。

 これは、基礎自治体レベルであれば、まだ顔の見える関係性が残っており、地域の中で行政、あるいはNPOなどのリーダーシップが発揮されれば、知人から知人へと繋がりが芋づる式に連結し、マルチステークホルダー参加型の場づくりができるのではないかという期待があるからです。実際にその可能性を感じる場面を高校時代、地元で何度か目にしてきました。


 「社会システム・デザイン」という手法は原発問題に限らず、社内や町内会、村の寄り合い等での議論にも役立てることができます。また、行政が地域住民と関わる上でも知っておいて損はありません。問題を深掘りし、その奥底にある中核課題を見つけるところで終わってしまったとしても、効果的な施策の形成・実行を支援できるはずです。さらに、問題を深掘りし議論する過程で、参加者の間に当事者意識が芽生えるという期待もできます。

 この手法を取り入れるのか、取り入れないのかの議論をするのではなく、今目の前にある様々な問題について議論をするところから始める。これもまた、「社会システム・デザイン」の手法の最初の一歩といえます。

 このように、「社会システム・デザイン」とは、確かに実現可能性が低い手法に見えますが、同時に今からでも取り組もうと思えば取り組める、身近な手法でもあるのです。フレームワークの一つとして、職場等で試験的に実践してみるのも悪くないかもしれません。


参考文献

・「社会システム・デザイン 組み立て思考のアプローチ『原発システム』の検証から考える」 横山禎徳 東京大学出版会 2019

・資源エネルギー庁「日本の原子力発電所の状況」(PDF)

ホーム> 政策について> 電力・ガス> 原子力政策について> 原子力政策の状況について

・「エネルギー白書2019 第3部第4章原子力政策の展開」(PDF)

地域学・どっと・こむ

金沢大学地域創造学類にて地域づくりについて本気で学ぶ現役大学生です。発展途上のサイトでまだまだ試行錯誤しながらですが、月に数本のコラムを投稿し、地域について考えるきっかけやアイディアが生まれるきっかけを創っています!

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